【活動レポート】作品展「ヒナホドキ」を終えての記事のアイキャッチ画像

2026年2月27日〜3月3日の5日間にかけて、盛大に行われた「第24回引田ひなまつり」。いつもはお世辞にも賑わっているとはいえない本町通りに、子どもから大人まで、多くの人で埋め尽くされました。引田ひなまつりが始まった2003年当初は、通りが人々の頭の「黒色」で埋め尽くされていたといいますが、今年は、その記憶を思い起こさせるほどの賑わいでした。

さて、ここでは、「第24回引田ひなまつり」と連動して開催した「ぐんだらけ×引田ひなまつり2026 アートプログラム作品展 ヒナホドキ」をレポートします。

ぐんだらけ×引田ひなまつり2026 アートプログラム作品展 ヒナホドキの概要

本プログラムは、アートを通じて地域の文化や行事を次世代へつなぐことを目的とした社会実践型のアートプロジェクトです。制作を通して、アーティストと住民が引田ひなまつりの歴史を掘り起こし、語り継ぐべき記憶を辿りながら、地域文化の継承のあり方を考える実践です。

2025年にも引田ひなまつりで作品制作を行った東京藝術大学芸術未来研究場研究員の馬場に加えて、東京藝術大学の学生を対象にした公募による3人のアーティストと、香川大学創造工学部講師柴田悠基がディレクションする香川大学生数名によって構成された1組のアーティストグループの合計5組が参加しました。

2025年12月から2026年3月にかけて、リサーチや滞在制作、ワークショップを重ね、それらの軌跡を作品として展示しました。

リサーチを進める中で、当初想定していなかった方向へ制作が展開し、地域との関わりの中で作品そのものが変容したアーティストも少なくありません。長年この土地で暮らしてきた人々の語りには、資料だけでは捉えきれない生活の感覚や、地域に積み重ねられてきた時間の厚み、複雑さがありました。

最終的には6つの展示会場が展開されました。(本プログラムには、5組のアーティストが参加していましたが、運営・マネジメントを担当していた三谷なずなも、急遽作品制作に参加することとなりました。)

ぐんだら家は、休憩所としての役割を担い、香川大学生と住民有志によって運営されました。

各作品・実践について

最終的に発表された6つの作品とその実践を、私の視点からここに記述します。


願いの身体/A Body of Wishes

[アーティスト]
滑川由記(東京藝術大学大学院 美術研究科 グローバルアートプラクティス専攻 修士課程1年)

本作はひな祭りを通じて、身体に重なる欲望の構造を可視化する試みである。制度的欲望や家族・他者、自己の欲望は、作者の声によって再演され、同時に再生される。着ぐるみを着た雛人形は異なる欲望を受け止める身体の状態を可視化させる。

作品プランを住民に発表した1月、雛壇に、大きさも見た目も異なるぬいぐるみを並べるという構想について、住民から多くの疑問の声が寄せられました。一方で、「ぬいぐるみを貸してください」という呼びかけに、多くの住民が応じました。「よくわからないが、とりあえず手を差し伸べる」のが、引田の住民性です。

滞在制作期間中、滑川は住民との対話を重ねながら、女の子の身体や、ひなまつりに飾られる人形に込められてきた意味についてリサーチを続けました。そのなかでは、地域社会における「女性であること」「男性であること」にまつわる価値観、その裏側にある生きづらさや負の側面が語られることもあります。

女性の身体性をテーマとしてきた滑川自身の視点は、住民との対話を通じて揺さぶられ、変化していきました。本作では、完成されたコンセプトを提示するというよりも、地域との関わりのなかで作品の意味や方向性そのものが揺れ動いていく過程自体が、重要な要素となっていたように感じられました。


雛の家/Hina House

[アーティスト]
からす(東京藝術大学 美術学部 先端芸術表現科3年)

引田のひなまつりは、飾られなくなった人形の存在に気がつき、もう一度飾ろうと決意した人がいたことからはじまったそうです。人形はただのモノだったのか、それとも誰かの記憶や時間を宿していたのか。私たちが「はじめる」と決めること、「おわらせる」と決めることは、日々の暮らしのなかでどのように生まれているのでしょうか。松本家で起こる3月3日の小さなお芝居を通して、その静かな意思の在り処を探ります。

からすは、参加アーティストの中で最も滞在日数が多く、雛壇の設営、公演で用いるセリフづくりや読み手、衣装に至るまで、演劇作品を構成するさまざまな要素を、地域住民それぞれの特技を借りながら制作しました。

展示場所であった片蔵邸は、引田ひなまつりの飾りを制作する拠点ともなり、滞在期間中は日々多くの地域住民が集う場となっていました。一人芝居の舞台となる一間には、からすと協働する住民たちによって少しずつ飾りが加えられていき、制作期間中の片蔵邸そのものが、一つの舞台装置のような空間へと変化していたように思われます。

演目には『ロミオとジュリエット』のテキストが用いられ、あえて地域の具体的な出来事や“リアルな物語”から距離を取る構成が選ばれました。しかしその一方で、お世話になった地域住民に向けて行われた先行上演では、引田ひなまつりを長年支えてきた住民たちが、自身の持つ雛人形の記憶やエピソードを次々と語り始めていたことが印象的でした。長年にわたり雛人形を出し、しまう営みを繰り返してきた人々にとって、人形たちの声を想像することは重要な行為であり、その場では、各人がこれまで心の中で聞いてきた人形の声もまた現れていたのかもしれません。


よみがえる雛たち/The Hina Dolls That Rise Again

[アーティスト]
窪田望(東京藝術大学大学院 美術研究科 先端芸術表現科専攻 修士課程2年)

AIが画像を認識するときに使う「バウンディングボックス」を、鉄とLCDディスプレイの立体として空間に立ち上げ、その内側に引田で集めた言葉を重ねた。ぐんだら家では住民同士の何気ない会話からひな祭りの思い出を語り合い、その語りを、さまざまな可能性に重みを与えるAIの計算の仕組みになぞらえて再構築した。本作は、多くのデータによってかたちづくられてきたAIを、地域の言葉によって編み直す試みである。語りの大小に序列をつくらず、こぼれ落ちそうな記憶をそのまま置くこと。見えにくくなりがちな声に、静かな居場所をつくる。


多くの地域住民にとって決して身近な技術とは言えないものの、現代社会において欠かすことのできない存在となりつつあるAIを用いて、窪田は「地域行事の現在」を巧みに作品へと落とし込んでいました。

制作にあたっては、地域住民を対象としたワークショップも開催されました。参加者たちは窪田に対して引田や引田ひなまつりについて語り、窪田は一方で、AI時代における課題や危機について丁寧に説明していきました。そこでは、一方的に知識を伝えるのではなく、互いの経験や感覚を交換し合うような双方向のコミュニケーションが生まれていました。

特に印象的だったのは、窪田が語る「AI時代における危機」と、住民たちが語る「地域が失ってはいけない記憶」とが、違和感なく一つの会話として成立していたことです。一見すると異なるテーマにも思える両者の語りのなかには、「これからの世界のなかで、忘れ去られてはいけないものがある」という共通した切実さや決意のようなものが感じられました。

窪田の滞在日数自体は限られていたものの、対話を重ねるなかで住民たちの作品理解は徐々に深まり、会期中には、住民自らが来場者に窪田の作品について説明している姿も見られました。作品を介して生まれた対話が、単なる鑑賞体験にとどまらず、地域の人々自身がその意味を語り継いでいく契機となっていたように思われます。


くろいこやっき/Kuroiko Yakki

[アーティスト]
Fictor(香川大学 創造工学部造形・メディアデザインコース 講師 柴田悠基+有志学生チーム)

「くろいこやっき」は、引田のひなまつりの中に、一時的に現れる“役割としての存在”を通して、引田の時間の流れや節目を感じ直すための作品です。ひなまつりは、子どもの成長を祝う行事であると同時に、変化の前に立ち止まり、無事に次へ進めるよう願う場でもあります。

本作は、その性格に着目し、祝祭と厄祓い、遊びと祈りが重なり合う状態を、引田という地域の中で立ち上げようとしています。この作品が目指しているのは、引田のひなまつりに新しいことをを付け加えることではありません。引田にすでにある歴史や暮らし、ひなまつりの空気に、少しだけ別の視点を差し込むことです。くろいこやっきは、町の人や子どもたちが、自分たちのいる場所や時間を、ほんの少し違った角度から見直すための「きっかけ」として機能します。

Fictorには、これまで本格的な作品制作の経験がない学生も多く参加していました。コンセプトを形にしていく難しさと、地域のなかへ入り込み関係を築いていく難しさが重なるなかで、学生たちは住民の語る地域への思いに真摯に耳を傾け、その物語を未来へ語り継ぐための“装置”をつくろうとしていました。

本作では、地域文化のリサーチをもとに、新たな物語を立ち上げることが試みられています。それは、人口減少によって継承が危ぶまれている祭りに、もう一度火を灯そうとする実践でもありました。今回限りで完結するものではなく、今後の引田ひなまつりのなかで継続されていくことで、さらに新たな価値や関係性を生み出していく可能性を感じさせるものでした。

ぐんだらけでは初めてとなる、地元の小学生を対象としたワークショップを実施。「「なにかをつくる」という体験を通して、子どもたちにとって、ぐんだら家が自然と身近な場所になっていきました。展示期間中は、ひな壇の展示に加えてパレードなどのイベントも行われ、来場者が単に作品を見るだけではなく、出来事として体験できるような仕掛けが随所に散りばめられていたことも印象的でした。


パラベル ~他人ん家を訪ねてお茶をする~/Parabell

[アーティスト]
馬場悠輔(東京藝術大学 芸術未来研究場 研究員)

急激な過疎化により商店だけではなく自販機すら撤退した、経済的に見放されたまちに残る貨幣化できない地域独自の文化を頼りに、過疎社会に合った売買に代わる社会インフラを模索する。

家のインターホンにパラベル(自販機型のチャイム)を設置し、他所からやってきた人でも、知らない家のインターホンを鳴らして地域住人とお茶をする状況をつくる。

誰でも、このチャイムを押してもいいけど、返事があるかは、あくまで住人の気分しだい。運が良ければ、お茶に招いてくれるかもね!

本作は、2025年8月に行われた試験導入の結果分析をもとに、アート作品の社会実装(地域住民による作品の管理・運用)を目指した取り組みです。システムデザインを専門とする北村尊義(香川大学創造工学部 准教授)との協働により、作品導入の効果分析も含めて行われています。

作品が地域のなかで継続的に機能していくためには、単に“作品を置く”だけではなく、地域住民が抱える動機や思いをどのように形にしていくかという視点が不可欠です。そのため、本作では導入先となる地域住民との対話を重ねながら、制作・展示・運用の方法が丁寧に検討されていきました。

コロナ禍以降、人と人との接触を伴うコミュニケーションが以前ほどラフには行われなくなった一方で、引田には今なお、他者を自然に迎え入れようとする「おもてなし」の精神が色濃く残っています。本作では、その土地に根付く感覚が、「もしかしたら、いいことあるかも」という不確実でお茶目なサービスとして落とし込まれていました。会期中、多くの観光客が思わずニヤニヤしながらボタンを押していた姿が印象的でした。人と人との小さな期待や遊び心を媒介する装置として、作品が確かに機能していたことが表れていたように思います。


古いものでなくて…/Not mere old things…

[アーティスト]
みたになずな(香川大学 イノベーションデザイン研究所 特命助教)
+尾崎照子(引田ひなまつり実行委員会 展示部長)
+八木理容室

かつて引田では、女の子の誕生を祝って贈られた市松人形は、その娘が二十歳になると神社でお焚き上げされていました。しかし、ひな飾りの風習が地域行事として形式化するにつれ、人形たちは役目を終える機会を失い、いまでは倉庫で眠り続けるものも少なくありません。一年に一度だけ飾られる彼女たちは、いつしか変化も成長もない存在として「古いもの」と見られるようになりました。人口減少のなかで、伝統を守ること自体が重荷となることもあります。

本作は、市松人形のヘアカット、再構成されたひな壇、そして記録によって構成されます。人形をいまを生きる存在としてケアする試みとして、まちの理容師・八木有奇さんが髪を整えました。ひな壇には、長年ひなまつりを支えてきた尾崎照子さんの言葉を反映しています。

「ずっと“引田飾り”を守ってきたけれど、新しいやり方を試みるアーティストたちにも古いやり方を押し付けていたのかもしれない。守るだけでなく、いまの引田を映す飾り方も考えてみたくなった。今は平等の時代。七段という形そのものが、古いのかもしれない。」

伝統が「古いもの」として残るのではなく、いまの時間に生き続けるための継承は、どのようにあり得るのでしょうか。

本プログラムの中で、アーティストと地域住民が交流し、地域行事をともに作り上げる過程で生まれていた、地域住民の伝統継承に対する考え方の変化を、一つの展示として表現した作品です。制作は、本事業のマネージャーであるみたにと地域住民との協働によって行いました。

都市部で暮らす若いアーティストたちと、長年この土地で生活を営んできた住民たちのあいだには、当然ながら大きな価値観の隔たりが存在していました。しかし、その両者が関わり合い、対話を重ねていくなかで、互いの戸惑いや違和感、そして内省の声が少しずつ現れていく場面を数多く目にしてきました。

特に、長年引田ひなまつりを支えてきた住民たちの姿からは、「伝統を守り続けなければならない」という強い思いと、時代とともに人々の価値観や生活様式が変化していく現実とのあいだで揺れ動く、複雑な感情が感じられました。本作では、そうした言葉になりきらない揺らぎや感情の動きを、象徴的なモチーフへと置き換えることで表現しています。それは、伝統を単に「守る/失う」という二項対立として捉えるのではなく、変化し続ける社会のなかで、人々が何を残そうとし、何を手放そうとしているのかを見つめ直す試みでもありました。

また、「人形の髪が伸びるかもしれない」という共通のホラー的な感覚を呼び起こすことを、ちょっとした期待としました。そこには、文化を継承しなければならないという、どこか脅迫的とも言える感覚と、それでもなお“何かが生き続けていてほしい”と願う希望の感情が、表裏一体のものとして込めました。

ぐんだらミーツVol.04

展示期間中の2026年3月1日には、「ぐんだらミーツVol.04」として、参加アーティストによるプレゼンテーションを行いました。たった3ヶ月に起こった出来事・出会いの量とは思えない、実践の裏話です。

Youtubeからアーカイブをご覧いただけます。

恒例イベント「ぐんだらライブ」

夜には、大きなイベントの恒例行事となりつつある「ぐんだらライブ」が開催されました。地域住民が主体となって企画・運営を行い、会場では音楽やパフォーマンスなど、多彩な演目が約3時間にわたって披露されました。

そしてヘッドライナーを務めたのは、参加アーティスト・からすと、ぐんだらけプロジェクトリーダーである宮崎晃吉による、ピアノ演奏と歌のパフォーマンスです。ラストに披露された「東京ブギウギ」では、会場全体が大きな拍手と歓声に包まれ、大きな盛り上がりを見せていました。

今後の展望

ぐんだらけとしては、今回で2回目となる引田ひなまつりへの参加。今回のプログラムを通して、「とりあえずやってみなければわからない」という初期的なフェーズは、ひとまず越えつつあります。

地域にとって、ある種の「外部者」でもある「ぐんだらけ」が、「アート」という側面から、特定の地域の固有の文化をどう繋いでいくべきか。単に新しいものを地域へ持ち込むことではなく、その土地にすでに存在している多様な価値観や記憶、人間関係、習慣といった“土壌”を、どのように攪拌し、関係づけなおしていけるのかが、一つの重要な鍵になると感じています。

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